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「表見代理の要件と民法117条の要件の両者が存する場合、相手方は前者の主張をしないで、民法117条1項による無権代理人の責任を問うことができる」という最高裁の判例です。

 民法第117条〔無権代理人の責任〕

1 他人の代理人として契約を為したる者か其代理権を証明すること能はす且本人の追認を得さりしときは相手方の選択に従ひ之に対して履行又は損害賠償の責に任す

2 前項の規定は相手方か代理権なきことを知りたるとき若くは過失に因りて之を知らさりしとき又は代理人として契約を為したる者か其能力を有せさりしときは之を適用せす

 昭和33年6月17日 最高裁第三小法廷 判決

 原審は、訴外尾崎は昭和28年4月24日振出人を共生林産商事株式会社代表者沢村として本件3通の約束手形を振り出したこと、共生林産商事株式会社は、登記簿上の商号を共生林産株式会社と呼ぶ実在する法人の通称であること、被上告人は同会社の代表取締役であつたが、会社の運営の実際面は、これを尾崎にまかせ、手形の振出等も尾崎が被上告人の承諾のもとに記名押印をなして訴外会社代表者沢村名義でおこなつてきたこと、本件手形も上記の日に尾崎が従来の仕方で振り出したものであること、被上告人は右手形の振出前である同年4月20日代表取締役を辞任し、尾崎が代つてその地位についていたが、その旨の変更登記は振出日の後である同年5月1日になされたこと、上告人は被上告人が代表取締役を辞任した事実を知らず善意であつたことを各認定した上、手形法77条2項によつて約束手形に準用せられる同法8条1項により自称代理人(自称代表者)の責任を問うためには、その者が代理権(代表権限)を有しないのに、手形に代理人(代表者)として自署または記名捺印したものでなければならないことはもちろんであるが、これのみでは足らないのであつて、手形行為の相手方または手形取得者が善意で代理人(代表者)であると信じたこと、手形に表示された本人に手形上の責を帰することができない場合であることを要し、表見代理の成立、無権代理行為の追認その他の事由によつて本人が手形上の責任を負う場合には、自称代理人は右法条に規定する責を負わないものと解するのが相当であるとし、前記事実関係のもとにおいては、本件各手形は訴外会社の代表権を有しない被上告人が訴外会社の代表者として記名押印したものと認めるべきであるけれども、訴外会社は被上告人が代表取締役を辞任したことを善意の上告人に対抗できず、従つて上告人は被上告人を訴外会社の代表者と主張できるのであり、その他表見代理ないし訴外会社の追認を主張することにより、上告人は訴外会社に対し本件各手形の振出人としての責任を問いうるものと判断し、訴外会社が本件各手形の振出人としての責に任ずる以上、被上告人は手形法8条の自称代理人の責を有しないものと結論し、上告人の予備的請求を排斥したものである。

 しかしながら、表見代理は、善意の相手方を保護する制度であるから、表見代理が成立すると認められる場合であつても、この主張をすると否とは、相手方たる手形所持人の自由であり、所持人としては、表見代理を主張して本人の責任を問うことができるが、これを主張しないで、無権代理人に対し手形法8条の責任を問うこともできるものと解するのが相当である。

 本件において、原審の認定した前記事実によれば、被上告人が訴外会社の代表取締役を辞任したことは、本件手形振出の当時いまだ登記されていなかつたのであるから、善意の上告人は、被上告人の取締役辞任の登記がないことを理由として、辞任の事実を否認し、訴外会社の手形振出人としての責任を問うことができるとともに、上告人としては、被上告人の代表取締役辞任の事実を主張し、手形法8条による被上告人の無権代理人としての責任を問うことを妨げるものではないといわなければならない。

 されば、原判決は、法令の解釈を誤つたものである。

弁護士中山知行