熊本県菊池郡菊陽町の大田宅建事務所:ホームへ

債務を履行するのに,債務者の側で「弁済の提供」をして,債権者の側でそれを受領することが必要であるとき,債権者が弁済の受領を拒否したり,受領することができなかったりすることを「受領遅滞」といいます。民法413条によると、受領遅滞があったら、債権者が遅滞の責に任ず、とあります。

ところで、債務者は、民法492条によって、「弁済の提供」の時から責任を免れます。実は、この間に、若干のギャップがあるのです。つまり、債務者の弁済の提供があったけれど、債権者が受領遅滞にはまだ陥っていないということがあるのかどうかということです。今日取り上げた最高裁の判決はこの点の疑問を解決してくれてはいません。学説も諸説紛々としています。民法の争点の一つです。

 第413条〔受領遅滞〕

債権者カ債務ノ履行ヲ受クルコトヲ拒ミ又ハ之ヲ受クルコト能ハサルトキハ其債権者ハ履行ノ提供アリタル時ヨリ遅滞ノ責ニ任ス

 第492条《弁済提供の効果〕

弁済ノ提供ハ其提供ノ時ヨリ不履行ニ因リテ生スヘキ一切ノ責任ヲ免レシム

 

 昭和45年8月20日 最高裁第一小法廷 判決

 記録によれば、上告人の主張する被上告人の受領遅滞は、(一)昭和37年12月16日、上告人が、その妻をして同年12月分の賃料1万6000円を被上告人方に持参提供せしめたところ、期間満了により賃貸借が終了したとしてその受領を拒絶され、かえつて明渡しを要求されたこと、(二)上告人が、被上告人より上告人に対してなされた昭和38年4月15日付け翌16日到達の書面による賃料月額1万8000円の割合による合計9万円の支払の催告およびその不払を条件とする賃貸借契約解除の意思表示に対し、催告期間内である同38年4月20日、催告状記載の被上告人肩書住所地に右金員を持参して支払おうとしたところ、被上告人不在のため、居合わせたその母Mに来意を告げて受領を求めたが、直接被上告人本人に支払われたいとの理由で受領を拒絶されたこと、の2回であると認められる。

 そこで、上告人は、被上告人はその催告および条件付解除の意思表示に先だち賃料の受領遅滞に陥つたので、その後の賃料支払につき上告人に遅滞の責はないから、被上告人の契約解除の意思表示は効力を生じないと主張した。

 債権者が契約の存在を否定する等弁済を受領しない意思が明確と認められるときは、債務者は、言語上の提供をしなくても債務不履行の責を免れるものと解すべきであること、また、双務契約上の債務の受領遅滞にある者が契約解除の前提としての催告をするためには、受領遅滞を解消させた上でこれをしなければならないことは、当裁判所の判例とするところである。

 本件において、上告人の履行すべき債務は、同一の賃貸借関係から生ずる賃料債務であるから、ある時点において提供された賃料の受領拒絶は、特段の事情がないかぎり、その後において提供されるべき資料についても、受領拒絶の意思を明確にしたものと解するのが相当である。

 そして、前記上告人の主張するところによれば、(一)昭和37年12月16日に上告人より被上告人に提供された同年12月分の賃料は、期間満了による賃貸借の終了を理由として、受領を拒絶されたというのであり、はたしてそうであるとすれば、被上告人は、同月分の賃料につき受領遅滞に陥るとともに、その後に提供されるべき賃料についても、受領拒絶の意思を明確にしたものというべきである。しかるに、被上告人は、その後、率然として、(二)昭和38年4月15日付け書面をもつて賃料の支払を催告し、上告人が催告期間内である同月20日、催告にかかる賃料相当額を催告状記載の被上告人肩書住所地に持参して支払おうとしたところ、被上告人不在のため、居合わせたその母Mに受領を求めたが拒絶された、というのである。

 はたして然りとすれば、本件において、被上告人とその父母との間に生活上緊密な関係があり、母Mの拒絶をもつて被上告人本人の拒絶と同視しうるような事情があるときは、被上告人は、右提供にかかる賃料につき受領遅滞に陥るとともに、特段の事情がないかぎり、その後において提供されるべき賃料についても、受領拒絶の意思を明確にしたものといわなければならない。

 これによると、もし上告人主張のごとき事実が認められるとするならば、被上告人は、賃貸借の終了を理由とする賃料の受領拒絶の態度を改め、以後上告人より賃料を提供されれば確実にこれを受領すべき旨を表示する等、自己の受領遅滞を解消させるための措置を講じたうえでなければ、上告人の債務不履行責任を問いえないものというべきである。

 

弁護士中山知行