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民法536条1項は、危険負担の債務者主義の原則について述べた規定です。民法536条2項は、債権者の責に帰すべき事由がある場合ですから本来の危険負担とはいえません。最高裁は、536条2項の解釈について、要旨「請負契約において、仕事が完成しない間に、注文者の責に帰すべき事由によりその完成が不能となった場合には、請負人は、自己の残債務を免れるが、536条2項によって、注文者に請負代金全額を請求することができ、ただ、自己の債務を免れたことによる利益を注文者に償還すべき義務を負うにすぎない」と判示したことがあります。

 第536条〔危険負担−債務者主義の原則〕

1 前2条に掲けたる場合を除く外当事者双方の責に帰すへからさる事由に因りて債務を履行すること能はさるに至りたるときは債務者は反対給付を受くる権利を有せす

2 債権者の責に帰すへき事由に因りて履行を為すこと能はさるに至りたるときは債務者は反対給付を受くる権利を失はす

但自己の債務を免れたるに因りて利益を得たるときは之を債権者に償還することを要す

 昭和52年2月22日 最高裁第三小法廷 判決

 住宅電気設備機器の設置販売等を業とする被上告人は、昭和45年5月12日訴外河本から、上告人所有家屋の冷暖房工事を、代金430万円、工事完成時現金払の約旨で請け負い、上告人は被上告人に対し、河本が被上告人に負担すべき債務につき連帯保証した。

 右冷暖房工事は、河本が同年5月初旬ころ上告人から請け負つたものであるが、河本は、従来規模の大きい工事を請け負つたときは、みずからこれを施行することなく、更に他と請負契約を締結して工事を完成させ、みずからは仲介料を得ていたところから、本件の場合も、これを被上告人に請け負わせたものである。

 被上告人は、同年11月中旬ころ、右冷暖房工事のうちボイラーとチラーの据付工事を残すだけとなつたので、右残余工事に必要な器材を用意してこれを完成させようとしたところ、上告人が、ボイラーとチラーを据え付けることになつていた地下室の水漏れに対する防水工事を行う必要上、その完了後に右据付工事をするよう被上告人に要請し、その後、被上告人及び河本の再三にわたる請求にもかかわらず、上告人は右防水工事を行わずボイラーとチラーの据付工事を拒んでいるため、被上告人において本件冷暖房工事を完成させることができず、もはや工事の完成は不能と目される。

 以上の事実関係のもとにおいては、被上告人の行うべき残余工事は、おそくとも被上告人が本訴を提起した昭和47年1月19日の時点では、社会取引通念上、履行不能に帰していたとする原審の認定判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

 そして、河本と被上告人との間の本件契約関係のもとにおいては、前記防水工事は、本来、河本がみずからこれを行うべきものであるところ、同人が上告人にこれを行わせることが容認されていたにすぎないものというべく、したがつて、上告人の不履行によつて被上告人の残余工事が履行不能となつた以上、右履行不能は河本の責に帰すべき事由によるものとして、同人がその責に任ずべきものと解するのが、相当である。

 ところで、請負契約において、仕事が完成しない間に、注文者の責に帰すべき事由によりその完成が不能となつた場合には、請負人は、自己の残債務を免れるが、民法536条2項によつて、注文者に請負代金全額を請求することができ、ただ、自己の債務を免れたことによる利益を注文者に償還すべき義務を負うにすぎないものというべきである。

 これを本件についてみると、本件冷暖房設備工事は、工事未完成の間に、注文者である河本の責に帰すべき事由により被上告人においてこれを完成させることが不能となつたというべきこと既述のとおりであり、しかも、被上告人が債務を免れたことによる利益の償還につきなんらの主張立証がないのであるから、被上告人は河本に対して請負代金全額を請求しうるものであり、上告人は河本の右債務につき連帯保証責任を免れないものというべきである。

 したがつて、原判決が被上告人は河本に対し工事の出来高に応じた代金を請求しうるにすぎないとしたのは、民法536条2項の解釈を誤つた違法があるものといわなければならないところ、被上告人は、本訴請求のうち右工事の出来高をこえる自己の敗訴部分につき不服申立をしていないから、結局、右の違法は判決に影響を及ぼさないものというべきである。

 弁護士中山知行