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他人の物の賃貸借契約においては、借主が目的物が貸主の所有物であることを条件にしたり、あるいは所有者の承諾を得ることが頗る見通し困難で契約の履行が不能になる高度の蓋然性が認められるなどの特段の事情がある場合を除いては、貸主は右契約締結の際借主に対し目的物が他人の所有に属することを告知する義務を負わない。

借主が他人から賃借家屋の明渡しと賃料相当損害金の支払いを請求されたときは、以後賃貸借契約上の貸主に対し賃料の支払いを拒絶できるし、敷金を差し入れているときは明渡し後全額返還請求できる。

第560条〔他人の権利の売買−売主の義務〕

他人の権利を以て売買の目的と為したるときは売主は其権利を取得して之を買主に移転する義務を負ふ

第559条〔有償契約一般への準用〕

本節の規定は売買以外の有償契約に之を準用す但其契約の性質か之を許ささるときは此限に在らす

京都地方裁判所 判決 昭和61年4月18日

まず敷金返還請求の点について検討するに、原告が昭和56年3月3日契約を締結して被告から本件店舗を賃借しそのころ被告に敷金200万円を交付したこと、右賃貸借契約が昭和58年3月2日期間満了によつて終了したことは当事者間に争いがない。

本件店舗の明渡時期についてみるに、原告は、昭和58年2月末日本件店舗での大衆食堂の営業をやめ、遅くとも同年10月初めに被告に対し本件店舗を明け渡したことが認められ、これを覆すに足る的確な証拠はない。

敷金返還債務は、本件店舗明渡債務の履行がその発生要件であり、かつ右明渡債務の履行に対し後履行の関係にあるから、原告としては本件店舗を明け渡した昭和58年10月初めより以後に被告に対し前記200万円の敷金の返還を請求しうることとなる。

ところで右敷金返還請求権は特段の事情のない限り期限の定めのない債務として履行の請求により遅滞に陥るものと考えられるところ、本訴においては遅くとも訴状によつて履行の請求をしたことが明らかであるから、その翌日(記録上昭和58年8月7日であることが明らかである)から遅滞に陥つたものというべきである。

次に不法行為による損害賠償請求の点についてみるに、まず過失の存否について検討するに、他人の物の賃貸借契約はそれ自体有効であり、その契約が他人の物を目的としていることに基因して履行不能をきたすときは、債務者に対し担保責任そして要件を充せば債務不履行責任を課し、債権者の法的保護に遺漏のないよう規定・解釈されているのであるから、契約締結の際借主において目的物が貸主の所有物であることを特に条件としたり、或いは所有者の承諾を得ることが頗る見通し困難で契約の履行が不能になる高度の蓋然性が認められるなどの特段の事情のある場合を除いては、貸主には契約締結の際借主に対し目的物が他人の所有に属することを特に告知する義務を負わないものと解する。

そしてこのことは、貸主がその目的物について他と訴訟で係争中である場合にも妥当すると解する。

本件についてこれをみるに、被告の供述及び弁論の全趣旨によれば、被告はかねてより孫基元との間に被告占有の本件店舗の所有権をめぐつて係争中であつたが、本件店舗につき被告の所有権(その母との共有権)が認められ孫の所有権を否定した第一審判決が言渡され、孫の申立により事件が控訴審に係属中であつた時期に、本件店舗の賃貸借契約が締結されたことが認められ、右事実によれば、本件店舗が孫のものである旨、また孫との間で本件店舗の所有権をめぐつて訴訟で係争中である旨告知する義務を被告に認むべき特段の事情があるとはいえない。

なお、前掲証拠によれば被告は右契約締結の際原告が資金を投入して本件店舗で大衆食堂を経営する目的で本件店舗を賃借するものである旨知つていたこと、及び後日控訴審において第一審判決を覆し孫基元に本件店舗の所有権(前記母との共有権)を認め被告の所有権を否定する判決がなされたことが認められるが、右事実によつては未だ告知義務の存否に関する前記判断を左右するに至らない。

そうしてみると、被告が本件店舗を原告に賃貸する旨契約したこと自体に過失があつてそれがひいては不法行為を構成する旨の原告の主張は採用することができない。

そこで抗弁についてみるに、被告の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和57年12月から本件店舗明渡直前の昭和58年9月までの間の1か月10万円合計100万円の賃料を被告に払つていないことが認められるが、原告が右賃料を被告に支払う義務を負つていたか否かについては後記再抗弁に対する判断の項で検討する。

再抗弁についてみるに、本件店舗が孫の所有であり、被告にはこれを原告に賃貸する権限がなかつたことは当事者間に争いがなく、本件店舗の所有者の孫は、昭和57年11月30日ころ、原告に対し、本件店舗が孫の所有であること、被告には本件店舗を賃貸する権限のなかつたこと、以後6ないし8か月以内に本件店舗を明け渡すべきこと、原告が本件店舗の賃借を始めた昭和56年3月3日から明け渡し完了に至るまでの賃料相当損害金の請求をすることの通告書を発し、これはそのころ原告に到達したこと、そこで原告は、昭和57年12月15日、権利者を確知できないとして本件店舗の賃料を供託するとともに、同月17日、被告に対し、内容証明郵便でもつて、孫から右通告書を受け取つたことを知らせるとともに、孫の前記原告に対する要求の排除などを求める通知をしたこと、しかるに被告において孫との間のトラブルを解決するに至らなかつたため、原告は、昭和58年3月2日、本件店舗での大衆食堂の営業をやめたのであるが、被告からの敷金返還の目途がつかないので、右敷金返還を請求しつつ明渡を見合わせていたこと、そして同年6月22日には、被告が原告に対し敷金200万円の返還義務あることを認め、原告は(本件店舗の明渡をする趣旨ではないが)被告に本件店舗の鍵を交付したこと、原告は、その後同年7月4日には、孫から本件店舗に施錠をする旨の通告を受け、同年9月3日付で、孫から本件店舗の明渡と賃料相当損害金の支払を求める訴を提起され、結局遅くとも同年10月初めには本件店舗を被告に明け渡したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そして右事実によれば、孫から本件店舗の明渡と賃料相当損害金の支払を請求された昭和57年11月末日ころ以後は、原告において本件店舗を使用収益する賃借権を主張することができなくなるおそれが生じたものであるから、原告は被告に対する賃料の支払を拒絶することができたものである。

よつて被告が、昭和57年12月から昭和58年9月までの10か月分合計100万円の未払賃料につき、これを敷金から控除すべきである旨主張するのは、理由がない。

そうしてみると、原告の本訴請求は、前記敷金200万円とこれに対する訴状送達の日の翌日(昭和59年8月7日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却する。

弁護士中山知行