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最初にとりあげた判決は、家屋賃借人の「事実上の養子」として待遇されていた者が賃借人の死後も引き続き家屋に居住する場合、賃借人の相続人らにおいて養子を遺産の事実上の承継者と認め、祖先の祭祀も同人に行わせる等の事情があるときは、その者は、家屋の居住につき、相続人らの賃借権を援用して賃貸人に対抗することができるとした最高裁の判決です。

「事実上の養子」ということは、養子縁組の届出も出されておらず、戸籍にも養子縁組の記載はありません。最高裁の理論構成としては、相続人の相続した賃借権を援用することを認めたということですが、賃貸人が事実上の養子が引き続き居住していることを知りながら直ちに異議を述べなかったということであれば、「黙示の承認」があったという理論構成等も可能であったように思います。

次にとりあげた判決は、建物賃借人と同居しているその「内縁の妻」は、夫が死亡した場合、他に居住している相続人が承継した賃借権を援用して、賃貸人に対し建物に居住する権利を主張することができるが、賃借人となるわけではないから賃料支払いの義務は負わないとした最高裁の判決です。結果の妥当性を得るためにこのような理論構成になったことは理解できますが、援用理論自体無理があるように思います。

第601条〔賃貸借の意義〕

賃貸借は当事者の一方か相手方に或物の使用及ひ収益を為さしむることを約し相手方か之に其賃金を払ふことを約するに因りて其効力を生す

第896条〔相続の一般的効力〕

相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。但し、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。

最高裁判所第3小法廷 判決 昭和37年12月25日

原審が確定したところによれば被上告人は、昭和17年4月以来琴師匠のA女の内弟子となつて本件家屋に同居してきたが、年を経るに従い子のなかつたA女は、被上告人を養子とする心組を固めるにいたり、晩年にはその間柄は師弟というよりはまつたく事実上の母子の関係に発展し、周囲もこれを認め、A女死亡の際も、別に相続人はあつたが親類一同諒承のものに、被上告人を喪主として葬儀を行わせ、A女の遺産はすべてそのまま被上告人の所有と認め、同人の祖先の祭祀も被上告人が受け継ぎ行うこととなり、A女の芸名の襲名も許されたというのであり、叙上の事実関係のもとにおいては、被上告人はA女を中心とする家族共同体の一員として、上告人に対しA女の賃

借権を援用し本件家屋に居住する権利を対抗しえたのであり、この法律関係は、A女が死亡し同人の相続人等が本件家屋の賃借権を承継した以後においても変りがないというべきであり、結局これと同趣旨に出た原審の判断は正当として是認できる。

昭和42年2月21日 最高裁第三小法廷 判決

原判決が確定した事実関係のもとにおいては、上告人増井は亡山本安太郎の内縁の妻であつて同人の相続人ではないから、安太郎の死亡後はその相続人である上告人山本巌郎ら4名の賃借権を援用して被上告人に対し本件家屋に居住する権利を主張することができると解すべきである。

しかし、それであるからといつて、上告人増井が前記4名の共同相続人らと並んで本件家屋の共同賃借人となるわけではない。

したがつて、安太郎の死亡後にあつては同上告人もまた上告人山本ら4名とともに本件家屋の賃借人の地位にあるものというべきであるとした所論原判示には、法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならない。

原判決にはこのような違法があるが、本件家屋の賃貸借関係について他の共同賃借人3名の代理権を有していた上告人両名に対して被上告人の先代三尾常次郎がした該賃貸借契約解除の意思表示が有効であること後記のとおりであるから、右の違法は上告人らに対して本件家屋の明渡を命じた原判決になんら影響を及ぼすものでないことは明らかである。

また、原審確定の事実によれば、賃貸借の終了後は上告人らはいずれも本件家屋を法律上の権限なくして占有し賃料相当額の損害を加えつつあるというのであるから、上告人らに対してその不法占有期間について右損害金の連帯支払を命じた原判決にも影響がないものというべきである(被上告人の損害金の請求は、債務不履行に基づくものと不法行為に基づくものとが選択的になされているものと解される。)。

しかしながら、上告人増井は、前記のとおり、安太郎の死亡後本件家屋の賃借人となつたのではなく、したがつて、昭和33年1月1日から本件賃貸借の終了した昭和35年8月2日までの間の賃料の支払債務を負わないものというべきであるから、原判決中同上告人に対して右賃料の支払を命じた部分は失当として破棄を免れず、右部分についての被上告人の本訴請求は破棄すべきものである。

弁護士中山知行