熊本県菊池郡菊陽町の大田宅建事務所:ホームへ

賃貸借および転貸借としてされた占有の移転が抵当権の不法な侵害に当たるとして抵当権に基づく明渡請求権を認めた判例です。また、不動産に対する商人間留置権を否定し、賃借人の敷金・保証金の返還請求権および立退料請求権による民事留置権も否定しました。

要旨「当裁判所は、不動産は商人間留置権の対象とならず、商法521条の商人間留置権は発生しないものと解する。また、賃借人の敷金・保証金の返還請求権や立退料等の請求権は、建物自体の価値を増加させるものでなく、売買代金のように建物の交換価値を代表する債権でもないことから、民法295条の物に関して生じた債権に該当せず、民事留置権は発生しないものと解する。」

「最高裁判所の考え方に従うと、第三者の占有が抵当不動産の所有者の承諾のもとに行われていて、その意味では、その占有が権原のない占有とはいえない場合でも、その占有者の属性や占有の態様などが、買受希望者に、買い受けた後の占有者などとのトラブルを予想させ、買受けを浚巡させるものであるとか、占有に関する状況が、買受希望者の当該不動産の価額に対する評価を不当に低下させ、その結果適正な価額よりも売却価額を下落させるおそれがある場合には、抵当不動産の交換価値の実現が不法に妨げられていることに変わりはないものといわねばならない。したがって、このような場合もまた、抵当権者の優先弁済請求権の行使が不法に侵害されているものというべきである。そして、第三者が抵当不動産の所有者の承諾のもとに占有していることによって、このような状態が生じている場合には、抵当権者は、抵当不動産の所有者に対しては、抵当不動産を適切に維持管理することを求めうる請求権があるから、これに基づきその侵害の排除を求めることができる。また、抵当不動産を賃貸借(転貸借)などにより他人に占有させ、又は賃借人(転借人)などとしてみずから占有する第三者があり、それらの第三者の行為が抵当不動産の交換価値の実現を不法に妨げるものであるときは、これらの第三者を相手方として、抵当権に対する不法な侵害の排除を求めることができるものというべきである。そして、その必要性が肯定されるときには、抵当権者は、これらの者に対して、抵当不動産に対する第三者の占有を解いて、抵当権者の管理占有に移すこと、すなわち、その明渡しを求めることができるものというべきである。」

東京高等裁判所 判決 平成13年1月30日

本件は、被控訴人らの間で本件建物の賃貸借及び転貸借としてされた占有移転が、控訴人の賃借権を侵害するものであるとして、控訴人が賃借権に基づく妨害排除請求権に基づき、被控訴人らに対して、本件建物の明渡しと明渡し遅延による損害金の支払を求め、また、被控訴人Kに対し、上記賃借権についてされた仮登記に基づく本登記の手続を求めた事案である。

原判決が請求を棄却したので、控訴人が不服を申し立て、控訴人は、当審において、上記の賃貸借及び転貸借としてされた占有移転が控訴人の抵当権を侵害するものであるとして、抵当権に基づく妨害排除の請求としての明渡し及び損害金の請求を、選択的に追加した。

争いのない事実等

控訴人は、建築工事の請負等を目的とする会社である。

控訴人は、被控訴人Kから、平成元年9月5日、請負代金総額17億9014万円として注文を受けて、ホテルである本件建物の建築請負工事をし、平成3年4月30日にこれを完成させた。

しかし、被控訴人Kは、請負代金の大部分を支払うことができず、控訴人は、本件建物の引渡しを留保していた。

被控訴人Kは、控訴人に対して、平成4年4月に請負代金等残債務が17億2906万6992円であることを確認し、これを同年5月から8月まで各月末に500万円ずつ、同年9月末日に残りの全額を支払う旨約束し、本件建物を引き渡すように求めた。

これに対して、控訴人は、引き渡す条件として、上記請負残代金債権について、本件建物とその敷地である被控訴人K所有の土地に第1順位の抵当権を設定し、抵当権が実行されるときは、被控訴人Kが本件建物を控訴人に年額120万円で賃貸すること、及び本件建物を被控訴人Kが他に賃貸するには、控訴人の承諾を要することを提示し、被控訴人Kは、この条件を承諾した。

そして、被控訴人Kは、平成4年5月8日、上記抵当権設定登記及び停止条件付賃借権設定仮登記をしたので、控訴人は、本件建物を被控訴人Kに引き渡した。

ところが、被控訴人Kは、約定どおり請負代金を支払わず、本件建物を他の被控訴人らに引き渡した。

控訴人は、平成10年7月6日、東京地方裁判所八王子支部に対して、上記の抵当権に基づき、本件建物及びその敷地の不動産競売を申し立てた。

主な争点

被控訴人らの間でされた本件建物の賃貸借及び転貸借による占有移転が、控訴人の抵当権及び賃借権を侵害するか。

賃貸借又は転貸借としてされた占有移転によって、抵当権か侵害されるとき、抵当権者は、占有者等に対し、抵当不動産の明渡しを求めることができるか。

当裁判所の判断

事実の経過

本件の事実の経過として、次のとおり認めることができる。

被控訴人Kは、控訴人に対し、本件建物の引渡しを受けられれば、みずからホテルを営業し、売上金から毎月の割賦金500万円を支払う旨を述べていた。

しかし、被控訴人Kは、平成4年5月の最初の割賦弁済金500万円をはじめとして、約定の債務のすべてを履行しなかった。

これによりその当時から、被控訴人Kは、控訴人に対して、債務不履行に陥っていた。

被控訴人Kは、土地再開発、いわゆる地上げを主な営業とする会社であり、平成元年ころのピーク時には、純資産約1600億円、借入金約1200ないし1300億円であったが、バブルの崩壊により、平成3年ころには、借入金に変化がないのに、純資産が約160億円となっていた。

控訴人は、請負代金債権の回収を確保するために、被控訴人Kから抵当権の設定を受けるほか、抵当権の実行に至った場合の賃借権の設定や被控訴人Kが賃貸するについては控訴人の承諾を必要とする旨の約定を要求し、被控訴人Kは、この要求に応じてそのとおり約定した。

ところが、被控訴人Kは、この約定を無視して、控訴人の承諾を得ずに、平成4年12月18日、本件建物を被控訴人N商事に賃貸したものとして、引き渡した。

この賃貸条件は、賃料1ケ月500万円、期間5年、敷金5000万円であった。

その後平成5年3月に敷金を1億円に変更するとする書面が作成されているが、これらの敷金が交付されたか否かは定かではない。

そして、平成5年4月1日には、被控訴人N商事は、控訴人の同意を得ずに、本件建物を被控訴人株式会社Oに転貸したものとして、引き渡した。

このときには賃貸条件は、期間は5年、賃料は1ケ月100万円、保証金1億円とされた。

なお、不動産鑑定士渡部作成の意見書によれば、本件建物の適正賃料は、平成7年1月31日現在1ケ月592万円、平成10年10月26日現在613万円である。

そして、平成5年5月1日、被控訴人Kと被控訴人N商事間の賃料は、1ケ月100万円に改定することとされた。

転借人とされた被控訴人の平成6年から平成8年にかけての取締役の一人は、宮崎であり、同人は、被控訴人Kの現代表取締役である。

被控訴人Oの代表取締役は、被控訴人N商事の代表取締役と同一人である。

被控訴人Kは、平成8年8月6日、銀行取引停止処分を受けて倒産しており(倒産時の負債額は950億円とされている。)、被控訴人N商事の登記簿上の所在地にその事務所はなく、債権者である控訴人にとって所在不明であって、その問い合わせに答えがなかった。

競売不動産の買受人が占有者に対してその明渡しを求めた場合に、占有者が任意の明渡しを拒むときは、強制執行により明渡しを実現しなければならない。

本件建物のようにホテルとして現に営業中の建物を、強制執行により明け渡させる場合に、占有者が非協力的なときは、多くの事務的経費と労働力を必要とするため、約2000万円という多額の費用を要するのが実情である。

本件建物及びその敷地の競売は、今なお見込みが立たず、本件建物の最低売却価額は、平成12年2月23日に金6億4,039万円であったものが、平成12年10月16日には金4億8,029万円に引き下げられた。

被控訴人Kの代表取締役宮崎は、最近控訴人に対して、本件建物の敷地に設定されている控訴人の抵当権を金100万円の少額で抹消するように要求した。

抵当権による妨害排除請求権とその要件

最高裁判所大法廷は、平成11年11月24日の判決において、第三者が抵当不動産を不法占有することにより抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権に基づく妨害排除請求として、抵当権者が上記状態の排除を求めることが許されるものというベきであるとした。

そして、同判決は、また、第三者の不法占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ、抵当権者の優先弁済請求権の行使が妨げられる状態は、これを抵当権に対する侵害と評価でき、抵当不動産の所有者は、抵当権に対する侵害が生じないよう抵当不動産を適切に維持管理することが予定されているものということができるとしている。

このような抵当権に関する最高裁判所の考え方に従うと、第三者の占有が抵当不動産の所有者の承諾のもとに行われていて、その意味では、その占有が権原のない占有とはいえない場合でも、その占有者の属性や占有の態様などが、買受希望者に、買い受けた後の占有者などとのトラブルを予想させ、買受けを浚巡させるものであるとか、占有に関する状況が、買受希望者の当該不動産の価額に対する評価を不当に低下させ、その結果適正な価額よりも売却価額を下落させるおそれがある場合には、抵当不動産の交換価値の実現が不法に妨げられていることに変わりはないものといわねばならない。

したがって、このような場合もまた、抵当権者の優先弁済請求権の行使が不法に侵害されているものというべきである。

そして、第三者が抵当不動産の所有者の承諾のもとに占有していることによって、このような状態が生じている場合には、抵当権者は、抵当不動産の所有者に対しては、抵当不動産を適切に維持管理することを求めうる請求権があるから、これに基づきその侵害の排除を求めることができる。

また、抵当不動産を賃貸借(転貸借)などにより他人に占有させ、又は賃借人(転借人)などとしてみずから占有する第三者があり、それらの第三者の行為が抵当不動産の交換価値の実現を不法に妨げるものであるときは、これらの第三者を相手方として、抵当権に対する不法な侵害の排除を求めることができるものというべきで

ある。

そして、その必要性が肯定されるときには、抵当権者は、これらの者に対して、抵当不動産に対する第三者の占有を解いて、抵当権者の管理占有に移すこと、すなわち、その明渡しを求めることができるものというべきである。

交換価値の実現の不法な妨害

そこで、本件の場合に交換価値の実現が不法に妨害されているかどうかを判断する。

抵当不動産の買受希望者は、買い受けた不動産をみずから占有することを望むのが通常である。

このような希望が円滑に実現するかどうか懸念があるとき、買受希望者は、そのような懸念の無い他の不動産を選択すればよいから、懸念のある不動産の買受けを浚巡し、結局買受けを希望しない公算が増える。

本件の場合、抵当不動産の所有者である被控訴人Kが、控訴人との約定に反して、その承諾を得ずに本件建物を賃貸しているとされていること、単なる賃貸だけではなく、転貸借までしているとされていること、賃貸人、賃借人、転借人とされている者の間に意思疎通の可能性が考えられること、賃料とされている金額が適正価額に比較して極めて低廉となっていること、そのような意思疎通の可能性のある者の間で、多額の敷金の差入れがあるとされていること、抵当不動産の所有者が極めて低額の金員で抵当不動産上の抵当権の抹消を求めたことなどは、その一部の事実だけでも、買受希望者が占有取得に対する懸念を覚えるのに十分な事実であると認められる。

けだし、抵当権者である控訴人が被控訴人Kに約定させた賃貸についての承諾は、抵当権に対する侵害を防止することを目的としていることは明らかである。

ところが、抵当不動産の所有者として侵害防止の責任のある被控訴人Kみずからが、この約定を守らないのであり、その行動態度からして、買受希望者が被控訴人K及びその承諾のもとに占有している他の被控訴人らの行動に懸念を抱くのはむしろ当然であるというべきである。

また、賃貸借だけでなく、転貸借までするのは、権利関係を複雑にすることにより、トラブルの発生源を増やすものとの懸念を呼ぶ可能性が大である。

関係者に意思疎通の可能性があることは、その間の通謀による妨害を予想させる。

賃料が極めて低廉なことは、抵当権者の賃料債権に対する物上代位による債権の回収を実質上妨害しているものと評価される。

このことは、買受希望者にとっても、将来の占有取得に対する妨害を予想させ、懸念を抱かせるものということができる。

そして、そのような意思疎通の可能性のある者の間で、多額の敷金が差し入れられているとされていることは、留置権を主張するなどしての引渡拒絶を予想させる(当裁判所は、不動産は商人間留置権の対象とならず、商法521条の商人間留置権は発生しないものと解する。また、賃借人の敷金・保証金の返還請求権や立退料

等の請求権は、建物自体の価値を増加させるものでなく、売買代金のように建物の交換価値を代表する債権でもないことから、民法295条の物に関して生じた債権に該当せず、民事留置権は発生しないものと解する。しかし、この点に関する考え方次第では、留置権が認められるおそれがあることは事実である。)。

そして、抵当不動産の所有者が極めて少額の金額で抵当権の抹消を求めたことは、その行動目的が抵当権侵害にあることを推測させるに足るものである。

そして、そのことは、買受希望者にも懸念を抱かせる。このように本件における占有者の属性や占有の態様などは、買受希望者に、買い受けた後の占有者などとのトラブルを予想させ、買受けを浚巡させるものである。

したがって、交換価値の実現が不法に侵害されているものと認められる。

これに加えて、本件では、賃料が適正額を大きく下回るという占有の状況が、買受希望者の当該不動産の価額に対する評価を不当に低下させ、その結果適正な価額よりも売却価額を下落させるおそれがあるものと認められる。

けだし、ホテルのような事業用物件を買い受ける者は、その事業としての採算をベースに価額を評価して(いわゆる収益還元価格)、買受額を決定するのが通常である。

そして、その際のもっとも重要な判断資料は、通常、賃料の額である。

これが、適正額を大幅に下回れば、買受希望者の評価額は、このことに影響を受ける可能性がある。

そして、その場合には評価額は大きく低下する(賃料が月500万円で粗利廻を5パーセントと仮定する(実際には5パーセントより大きいものと思われる。)と、評価額は12億円である。これに対して、粗利廻が同じで賃料が月100万円なら評価額は2億4000万円にすぎない。なお、これらの金額は、ホテルの建物とその敷地を含めた評価額であることに留意すべきである。)。

そしてこのような評価額の低下は、売却価額の不当な低下を招くおそれがあるものといわねばならない。

明渡しをさせる必要性の有無

以上のとおり、本件においては、占有者の属性や占有の態様及び状況などからみて、賃貸借及び転貸借としてされた占有の移転が、抵当不動産の交換価値の実現を不法に妨げているものと認められる。

そして、抵当不動産の所有者自身がそのことにかかわっていて、転貸人として他人に占有させ、転借人としてみずから占有する第三者とも意思疎通の可能性があることを考慮すると、本件建物をこれらの者の占有(賃貸人・転貸人としての間接占有を含む。)下に置いていたのでは、抵当不動産の交換価値の適正な実現を図ることは困難であるといわざるを得ない。

したがって、控訴人が抵当権者として、被控訴人らに対して本件建物の明渡しを求める請求は、その必要性を肯定することができ、これを認容するべきものである。

以上のとおりであって、控訴人の抵当権に基づく被控訴人らに対する本件建物の明渡しの請求は、これを認容するべきである。

そして、本件建物の賃料相当額は、前記の事実関係からみて、少なくとも1ケ月500万円を下回らないものと認めるのが相当である。

そうすると、抵当権の侵害(賃貸借及び転貸借としての占有移転)が始まった後である平成10年7月6日から侵害が終了する(本件建物の控訴人への明渡し完了)まで、被控訴人らに対して各自上記金額の損害金の支払を求める控訴人の請求も、認容するべきである。

ただ、被控訴人Oは、平成13年1月まで1ヶ月75万円宛控訴人に送金し控訴人はこれを受領しているものと認められるから、その間の認容すべき額は、1ケ月425万円とすべきものである。

そして、賃借権に基づく明渡し請求と損害金の請求は、抵当権に基づくそれらの請求と選択的併合の関係があり、抵当権に基づく請求を認容するのであるから、これらの請求の当否は判断の対象とならない。

また、賃借権設定仮登記に基づく本登記の請求は、これを認容しても、抵当不動産の交換価値を適正に実現する上で、特別の効果を認めることができない。

そして、本件賃貸借の契約は、抵当不動産の交換価値の適正な実現を目的としており、そのような目的を離れて効力を認めることは相当ではない。

そうすると、賃借権に基づく請求としても、これを認容することができない。

以上のとおりであって、控訴人の請求を全て棄却した原判決は、失当であるから、これを変更して、控訴人の請求のうち明渡しの請求と損害金の請求の一部を認容し、そのほかの請求を棄却すべきである。

 弁護士中山知行