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宅地取引における告知説明義務

 本件は、土地の売買について宅地建物取引業者の責任を認めた事例である。(松山地裁平成十年五月十一日判決 確定 判例タイムズ九九四号一八七頁)

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事件の概要

X :原告(消費者)

Y1:被告(宅地建物取引業者・仲介業者)

Y2:被告(宅地建物取引業者・売主)

A :関係人(Y2に土地を売却した本件土地の旧所有者)

B :関係人(Xの夫)

C :関係人(AがY2に本件土地を売却した際の仲介人)

D :関係人(Y2の営業担当者)

  本件土地の南側に隣接する土地付近には、愛媛県が、道路改良工事(バイパス工事)として高架構造の道路を建設する計画を立て、昭和63年には地元地権者らに対する説明会を4回にわたり開催して、工法等の説明を行った。愛媛県は、本件高架道路の敷地として、本件土地の南側に隣接する土地を平成元年10月にAから買収し、同年11月に所有権移転登記を行った。

 本件土地は、当初Aが所有していたが、Aは平成5年8月、本件土地を含む松山市内の土地を宅建業者Y2に売却し、Y2は、同土地を宅地造成して、本件土地外数筆に分筆して売り出した。Xの夫であるBは、平成6年4月、宅建業者Y1を仲介者として、Y2から本件土地を3,575万円で買い受け、その後、同地上に総工費2,750万円で居宅を建築した。

 本件高架道路は、高さ約8メートルのコンクリート擁壁で造られ、平成6年3月に工事請負契約がなされ、平成8年11月ごろには工事が完成した。しかし本件建物が本件土地の南側に寄せて建てられているため、玄関を出ると、すぐ前に高いコンクリート擁壁がそびえ立つといった状態で、圧迫感があり、日照や通風等が妨げられるという支障が生じた。なお、Aは、前記愛媛県主催の説明会に少なくとも2回出席し、本件高架道路の建設計画、工法等の説明を受けており、Y2の営業担当者Dは、AからY2への本件土地の売却の際に、Aの仲介人となったCから上計画を知らされていた。また、Dは本件土地の分筆測量をした土地家屋調査士からも、上計画を知らされていた。

 このような事情の下でXは、Y1及びY2に対し、高架道路建設計画を告知しなかったことにつき、仲介業者であるY1には不法行為責任が、売主であるY2には債務不履行責任ないし瑕疵担保責任があるとして、土地、建物の減価等による損害賠償を求めて本件訴訟を提起した。Xは、Bの妻であり、Bが平成7年8月に死亡した後、同人の遺産である本件土地を単独で相続し、本件訴訟を承継した。

 裁判所は、不動産鑑定士による鑑定結果に基づき、土地につき日照・通風等による減価損10%、建物につき機能的・経済的減価損38%の物的損害、さらに精神的損害として200万円の合計15,124,000円の損害につき、Y1とY2が連帯してXに賠償すべきだとした。

理由

(Y2の責任)

……Y2は本件土地売買の際、南側隣接地に本件高架道路が建設されることを知悉していたものであって、自宅の建築のために本件土地を購入しようとしていたBに対し、土地利用に支障を来すことが明らかな右事実を説明しなかったことは、不動産取引業者として重大な契約上の義務違反であるというべきである。したがって、瑕疵担保責任についての判断に立ち入るまでもなく、Y2には本件土地の買主であるBに対し、債務不履行責任があることは明らかである。

(Y1の責任)

……Y1は、宅地建物取引業者として本件土地売買を仲介(媒介)したものであるが、売主であるY2から本件高架道路の建設計画を告知されなかったにせよ、その業務上、買主側の購入目的に適う土地の仲介をするために、周辺土地の環境を調査し、その結果を説明報告すべき義務があるところ、本件土地の南側隣接地に本件高架道路の建設計画があることは、登記簿謄本を閲覧するなど調査すれば容易に知り得たのに、これを怠った過失がある。この点、Y1の代表者は、同じ宅地建物取引業者であるY2を信用して右調査をしなかった旨供述するが、県知事の許可を受け仲介報酬金を取得して業務を行う以上、他の業者任せにせず、独自に右調査を行う義務は免れないというべきである。そうすると、Y1も、本件高架道路建設計画を知悉しながら告げなかったY2に比較すると責任の程度は軽いとはいえ、Xが主張する不法行為責任を免れず、Y2と連帯して、Bの権利承継人であるXに対し、損害賠償責任があるというべきである。

(精神的損害)

……本件のような取引責任が問われる事案においては、物的損害が填補されれば、特段の事情がない限り精神的損害が填補されたものとするのが相当であるが、本件についてのY1、Y2の責任は、一般消費者に対する住宅用地の売買における不動産業者ないし宅地建物取引業者としての基本的な注意義務違反によるものである。ことに、Y2には、本件高架道路建設計画を知悉しながら告知しなかったという悪質な義務違反があること、Xら夫婦は、業者であるY1、Y2を信頼して本件土地を購入し、自宅を建てたのに、設計変更のできない段階で本件高架道路建設計画を知って精神的衝撃を受けており、しかも、日照被害や圧迫感等による精神的苦痛は、Xが本件建物に居住する限り持続するものであることなどが認められる。これらの事情を考慮すると、Xが被った精神的苦痛についてもY1、Y2に損害賠償させるのが相当というべきである。

解説

 本判決は、ともに宅建業者である本件土地の売主と仲介業者が、買主に対して隣接地の高架道路建設計画を告知しなかったことにつき損害賠償責任を負うとした。一般の買主等は、取引しようとする物件に対して自分で調査する能力を持っていないのが通常であるのに対して、宅建業者は、不動産取引の専門家として十分な知識を持ち、調査能力も備わっており、業者と取引する買主等もそれを期待している。このことから、宅建業者は相手方に物件の内容、取引内容等に関する重要事項について説明する義務を負う(宅地建物取引業法三五条)。また、同法三五条に列挙されていない事項についてもその取引に当たり重要と判断される事項があれば説明する必要がある(同法四七条一号)。

 この重要事項説明義務の違反は、行政上の処分の対象になるが、説明義務違反の民事上の効果は明らかでない。判例の中には、重要事項説明義務を直ちに宅建業者の債務としたものもあるが、宅建業法が行政上の取締法規であることからすると、この義務違反は、宅建業者の信義誠実義務に沿った履行がなされたか、善管注意(善良な管理者の注意)をもってする履行がなされたかにつき、重要な判断要素となると考えられる。本件土地の売主であるY2については、売買契約に信義則上付随する説明義務の違反に基づく債務不履行責任が生じ、また、仲介業者であるY1については、本判決のように不法行為の問題とする外に、仲介契約上の義務違反に基づく債務不履行責任を考えることもできるが、いずれにせよ、Y1、Y2の説明義務違反を認めた本判決の判断は妥当である。

 日照・通風等の被害による土地、建物の減価損害の評価方法に関する本判決の判断も興味深い。本判決は、例えば、本件建物につき、完成時を基準にして再調達原価を算定すると2,680万円となり、本件高架道路の建設による機能的減価が28%(本件高架道路を前提とすると、日照を良好なものとするため、2階の増築を考慮せざるを得ず、そのための工事費と増築による利便性とを相殺)、経済的減価が10%(本件高架道路の擁壁による圧迫感、眺望阻害等を考慮)であり、その結果、本件建物の価格(正常価格)は1,737万円とする鑑定に基づき、本件高架道路の建設による本件建物の減価は2,680万円と1,737万円の差額の943万円としている。さらに、業者の重大な義務違反を指摘して、買主側の過失を主張できる筋合いではないとして過失相殺を否定し、買主の精神的損害の賠償を認めている点も参考になる。

<参考判例>

(1) 最高裁 昭和三十五年三月十日判決 民集一四巻三号三八九頁、判例時報二一七号一九頁

(2) 東京地裁 昭和四十九年一月二十五日判決 判例タイムズ三〇七号二四六頁

(3) 東京高裁 昭和五十三年十二月十一日判決 判例時報九二一号九四頁

 

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