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弁護士は、双方代理は禁止されていますが、司法書士は、登記権利者・登記義務者双方から登記手続きの委託を受けることがあります。司法書士は、登記手続の完了前に登記義務者から書類の返還を求められても、登記権利者に対する関係では、返還を拒むべき時があります。これも委任の善管義務の一つです。

第644条《事務処理に関する善感義務》

受任者ハ委任ノ本旨ニ従ヒ善良ナル管理者ノ注意ヲ以テ委任事務ヲ処理スル義務ヲ負フ

第651条《委任の相互解除の事由》

委任ハ各当事者ニ於テ何時ニテモ之ヲ解除スルコトヲ得

昭和53年7月10日 最高裁第一小法廷 判決

登記権利者、登記義務者の双方から登記手続の委託を受けた被上告人としては、登記義務者からその交付にかかる登記手続に必要な書類の返還を求められても、登記権利者の同意がなければ、返還すべきではなく、これを返還したことは、上告人らとの委任契約上の債務不履行となるものであり、被上告人は、上告人らの被つた前記損害を賠償すべきである。

思うに、不動産の売買契約においては、当事者は、代金の授受、目的物の引渡し、所有権移転等の登記の経由等が障害なく行われ、最終的に目的物の所有権が完全に移転することを期待して契約を締結するものであり、法律も当事者の右期待にそい、その権利を保護すべく機能しているというべきである。

そして、不動産の買主は、登記を経由しない限り、第三者に対抗しうる完全な所有権を取得することができないのであるから、登記手続の履行は、売買契約の当事者が行うべき最も重要な行為の一つであるということができるが、登記所に対して登記申請をするには、ある程度の専門的知識を必要とするから、現今の社会では、右のような登記手続は、司法書士に委託して行われるのが一般であるといつてよく、この場合に、売買契約の当事者双方がいつたん右手続を同一の司法書士に委託した以上、特段の事情のない限り、右当事者は、登記手続が支障なく行われることによつて右契約が履行され、所有権が完全に移転することを期待しているものであり、登記手続の委託を受けることを業とする司法書士としても、そのことを十分に認識しているものということができる。

このことは、所有権移転登記手続に限らず、その前段階ともいえる所有権移転の仮登記手続の場合も同様である。そうすると、売主である登記義務者と司法書士との間の登記手続の委託に関する委任契約と買主である登記権利者と司法書士との間の登記手続の委託に関する委任契約とは、売買契約に起因し、相互に関連づけられ、前者は、登記権利者の利益をも目的としているというベきであり、司法書士が受任に際し登記義務者から交付を受けた登記手続に必要な書類は、同時に登記権利者のためにも保管すべきものというべきである。

したがつて、このような場合には、登記義務者と司法書士との間の委任契約は、契約の性質上、民法651条1項の規定にもかかわらず、登記権利者の同意等特段の事情のない限り、解除することができないものと解するのが相当である。

このように、登記義務者は、登記権利者の同意等がない限り、司法書士との間の登記手続に関する委任契約を解除することができないのであるから、受任者である司法書士としては、登記義務者から登記手続に必要な書類の返還を求められても、それを拒むことができるのである。

また、それと同時に、前記のように、司法書士としては、登記権利者との関係では、登記義務者から交付を受けた登記手続に必要な書類は、登記権利者のためにも保管すべき義務を負担しているのであるから、登記義務者からその書類の返還を求められても、それを拒むべき義務があるものというべきである。

したがつて、それを拒まずに右書類を返還した結果、登記権利者への登記手続が不能となれば、登記権利者との委任契約は、履行不能となり、その履行不能は、受任者である司法書士の責めに帰すべき事由によるものというべきであるから、同人は、債務不履行の責めを負わなければならない。

弁護士中山知行